SUNNY'S by CONKSブログ

【スタイリストデビュー当初の時の想い】

こんにちは

千葉県柏市の美容室

SUNNY’S by CONKS サニーズバイコンクス】

通称 柏サニーズ

店長の顔濃い美容師

石井正樹です😊

 
昔話ブログも第4話となりました。
長々と、
ツラツラと書かせて頂いた社内専用グループページで共有させてもらっていたものを更に少し肉付けして
ブログに書かせて頂いております。
 
今回は、
内容はスタイリストデビューした当初の想いではなく、
1年近く経った時の事を書かせて頂いております。
僕の美容師としての価値観や軸を構築してくれた、
今となればとても大切な時期、
人生を大きく変えた時期でもあります。
もしお時間に余裕があれば、
最後まで読んで下さいませ♡
でわでわ
↓↓↓↓↓
 
【スタイリストデビュー当初の時の想い】
 
3年目に入る頃にスタイリストとデビューし、
初めてお客様として切らせてもらった中学生の女の子も何回かまた来てくれ、
指名のお客様もちょこちょこ有難いことに付いてきてデビュースタイリストとして日々充実していました。
そんなある日、
当時の店長、幹部の方に呼ばれ
『京成八幡の店舗に1〜2ヵ月ヘルプに行って欲しい』
と言われました。
もちろんスタイリスト(お客様の髪を切る人)としての立場で。
僕は会社内の色々な方々と知り合いになりたかったし、
色々な人の技術・接客を見たかったので0.2秒で
『わかりました!』
そして、次の日から京成八幡へ通勤となりました。
今までは電車で10分の通勤から、乗り換え2回をしての1時間弱になりました。
なんなら、1〜2ヵ月の予定のヘルプが
結果4ヵ月程の長期ヘルプになってました。
そこの京成八幡のサロンにはスタイリスト4人、アシスタント1人という体制で、
さらには店長らしい店長が不在だったので、
色々と自分から率先しお店を活気づけて盛り上げるために先輩スタイリストの方と共に毎日毎日コツコツとチラシ配りをし、ご来店してくれる貴重なお客様と向き合い、
未熟すぎる技術レベルだった僕のスキルアップのための
とても良いトレーニングになる期間だった。
 
その後、また練馬区のサロンに戻ってきて大泉学園駅の店舗でまたスタイリストとして過ごしていたある日、親父から連絡が来た。
 
『お母さんが緑内障になった。』と。
 
それを聞いて僕は頭の中が真っ白になった。
僕は緑内障=すぐ失明
だと当時は思っていた。
 
正直、当時付き合っていた今の奥さんとは、
すでに行く行くは結婚も視野に僕は入れていたので、
その姿を母ちゃんに見せてあげられないかも。
将来もし子供が産まれたら、その子の顔を見さてあげられる事ができないかも。と思った。
 
何故だかわからないけど、
そんな時に不思議と連絡を取ったのは5歳年上の兄貴。
普段は全く連絡も取り合わない関係だったけど、
唯一の兄弟として、なんだかんだで昔から
とても頼りにしている存在なのかもしれない。
 
そんな兄貴とすぐに久しぶりに連絡をとり、
母ちゃんが目が見えるうちに色々とやってあげたいし、
そばにいて色々親孝行してあげたい。
目が見えなくなるとか正直怖いし、考えられない。
という事を伝え、
だったら実家の牛久へ帰ってこい!となり、
美容師3年目の12月の営業を最後に退社し、
地元は茨城の実家に引越して戻る事にしました。
(余談ですがそのお正月に石井家家族みんなでワイワイ楽しく行った中華屋さんで、見事に家族みんなノロウイルスに感染し、正月早々に親父、母ちゃん、僕3人がコタツの中でぶっ倒れながら何にも出来ず、ただただポカリを飲み続けていた。)
 
茨城に戻っても同じ美容師としての時間を過ごすなら
少しでも多くのお客様をやりたいと思い、
人口の少ない茨城で仕事を探さず
人が集まる千葉県柏で働き口を探した。
友人の縁もあって、
僕の美容師人生で1番長い10年働き、美容師としての軸を確立する事となる会社に入社する事となった。
そこの面接には、ノロウイルスに感染の状態で電車で40分かけて、朝9時頃から必死に松戸のドトールコーヒーへ受けに行った。
その会社は、一代のオーナーさんが経営するサロンで、
20店舗近くもあり300人くらいのスタッフがいる大きな美容室とは全く知らずに入社。
誕生日に毎年、その会社の社長からその時の立場やその人の性格に合わせ、こういった事を学んで欲しいな。
という想いをのせて選んでくれた一冊の本をプレゼントされる。
僕はそれを機に全く文字だけの本は読まなかったのに本を読むようになり、
自分でも自己啓発の本やチーム論、リーダー論的な本とかも買ってみて読むようになった。
とても良いきっかけだったのでスゴく今も感謝している。
 
そして、今までは美容師のコンテストとか撮影とか本当やりたいと思わなかったし、
やる事も無いと思っていたけど当時の店長の先輩からのお誘いもありチャレンジしてみた。
(最初はお金に余裕がないからやりたくないとか言ってたのが後々チョーダサイと痛感しました笑)
毎晩毎晩デザインを考えヘアカラーを考え寝る時間を惜しんでお店に泊まったりしながらやるデザイン作りはとても楽しく、
そしてそして、
人生初のコンテスト本番当日は
手の震えがこんな事あるの⁉️レベルで
尋常じゃなかった(笑)
正直、恥ずかしかった(笑)
 
そこからはデザイン作りと、一生懸命に準備して準備して当日に全力を出した後のビールはスーパー美味い‼️という体験をしハマった。
 
毎年社内コンテストもあり色々と経験させてもらった。
モデルカット部門で2位だったのが最高順位。
1位取りたかったけど、本当周りにはセンスの塊のような子や努力の申し子みたいな人ばかりいたのでこりゃダメだなと痛感!!
負けたく無い気持ちはもちろんあるけど
コレに関してはもう仕方なかった。
 
コンテスト、撮影はサロンワークとは別物!
とずっと勝手に思っていた僕だけど色々な経験をしてみるとサロンワークのお客様に活きる事ばかり!
前髪ひとつ、もみあげひとつ、襟足ひとつ切る時の細部にこだわる事の重要性!
質感の作り方と肉眼で見た時のヘアスタイルの見え方とや、
写真で撮った時のヘアスタイルの見え方と、肉眼で見ているヘアスタイルの違いなど
新たな仕事の幅、気づきを手に入れた!!
 
当時の働いていたお店のお話へ移ります。
 
お店は今と同じ千葉県柏市。
そこのお店には、副店長にあたる先輩にITOさんという先輩がいた。
ITOさんには入社したてから特にとってもお世話になった。
入社し初出勤からほとんど毎日のように一緒に飲みに行き、
毎晩の様に家に泊まらせていただき、
美容師としての技術は一切学んで無いかもしれないけど、
(嘘ですよ)
たくさんの人との出会いがあり、
仲間と生きる人生の大切さについて、
熱い想いを持ち表現するという事について、
お金や仕事の価値についてはコレでもかというくらい話を聞かされ脳裏に叩きつけられた(笑)
ケツメイシだけでなく、
KREVA、ET-KING、湘南乃風という新たなカラオケのバリエーションもこの頃から増えた。
 
何よりも
【カッコつけずに、何でも笑いあり楽しく】
の精神を学んだのはここだ!と言っても過言ではない!
 
その時にITOさんが出会わせてくれた沢山の人達とは
今後の人生で大きく関わる人達ばかりだった。
本当に感謝をしている。
 
そんなITOさんとのエピソードを1つ。
 
とある営業中のこと。
僕の私物の荷物を入れるロッカーの中に、
通勤途中のコンビニで買ってきた、
よくある三角形の形の赤いトマトソースのピザパンを入れておいた。
小腹が空いたら、サッと食べられるようにだ。
 
なかなか忙しい日で手が空かなかったのかな?
お腹も減ったし、そろそろ食べようとロッカーを開け、
ピザパンを手に取り、袋を開けて食べようとした時に気がついたのだ。
 
【ピザパンの三角形の先っぽがないじゃないか。】
と。
えっ⁉️なんだコレ⁉️と僕はそりゃ思いますよ。
袋をよくよく見返したら、
ピザパンの先っぽの三角地帯を補うように綺麗に
赤いマジックペンで描かれてる。
なんなら袋を開けたのがバレないように
セロテープで綺麗に止めてある。
 
なんだよコレ‼️と思っていたら、
ITOさんがめちゃくちゃニヤニヤしながら
バックルームに入ってきた。
僕はすぐに察し、
『マジかよーーー笑』と大爆笑。

こんなイメージのピザパン🍕


 
それからもそんな事は当たり前の様に日常的にあり、
メロンパンの外側のサクサクは残しておいて
中のパンのフワフワ部分がくり抜かれ、
ティッシュが詰め込んであったりもした。笑
きっと他の人なら本当に怒るだろうけど
僕はそれをコソコソ仕込んでる姿を想像したら笑けてきた。
 
ただ、そんな僕でも唯一僕がITOさんにキレてしまった事があった。
その日は僕の予約のお客様がわりと多い日で、
お昼ご飯に吉野家の牛丼をスタッフの子が買いに行くと言っていたので僕も牛丼大盛りをお願いした。
1日何も食べずに18時頃にようやく手が空き牛丼大盛りを楽しみに食べようとし、あの牛丼のフタを開けたら、
なんと牛丼の牛がなく、
瓶詰めの鶏そぼろがかかってたのだ。
この日に限っては、お客様の髪を一生懸命やりながらも、
口の中は完全に牛丼モードだったので爆ギレした。
『マジでなんなんだよこれ!!』
みたいな感じだったかな!
それを見たITOさんはいつもの僕のリアクションとは違い、
想定外だったわけで、急いで新しい牛丼を買いに行った。
『マジでゴメン!』と言ってたけど僕も冷静になり、
よくよく考えたら、
マジ牛丼の牛だけ食うとかハンパないなと思い笑けてきた!笑
 

牛がなかったら、なんなんだよ。


 
今考えるとパワハラってもんじゃないけど、
お互いに色々と理解し合ってたから成り立っていたな。
 
そんな破茶滅茶で、
でも尊敬のできる魅力的な先輩のITOさんよりも
更に激しいと当時から噂だった先輩と
僕はその後一緒に働く事となる。
 
その名も【松島 亘】だ。

これが美容室のオーナーの姿。


 
次回最終話
【そしてコンクスグループに入社した今の想い】

石井 正樹いしい まさき

千葉県柏の美容室SUNNY'S by CONKS店長
山野美容専門学校卒業
好きな物はラーメン/サーフィン/サッカー/愛車

ショートカットとヘアカラーが得意✂︎

『沖縄の人?』『ハーフ?』と言われるけど
埼玉と秋田のハーフで茨城牛久育ちの東京の下町葛飾区住まい。

楽しい事や場所が大好き。

O型と思われるけどABとOから産まれたA型。

わりと楽観主義。

飽きずにコツコツ長くやり続けるタイプです。

石井 正樹プロフィール